機能しない皮
[2002.8.14]
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ムケゆくことを運命として選んだ皮は、もう皮として機能しないのだろうか。

5日前。ひどい日焼けをした。

その日私は、真っ昼間の炎天下のもと3時間ほどシュノーケルをした。訪れた海があまりにも美しく、ほんとにずっと泳ぎっぱなしであった。シュノーケルとは便利なもので、あれがあると海面に漂いながら半永久的に海の中を見物することができる。すなわち、3時間ずっと背中は太陽にさらされていたのだ。

美しい海中を堪能した後、家に帰ると悲劇が待っていた。背中が熱い。背中が赤い。背中が痛い。

日焼け用と名の付く薬剤ではもう役に立たず。日焼けも度が過ぎると火傷である。そう判断した私は背中に火傷薬を塗りたくった。火傷薬のおかげでその日は何とか眠りにつくことができた。

翌朝。嫌な夢で目が覚めた。

そろそろ火傷薬の効き目も切れてきたのか。朝方になると背中がジンジンと痛みだした。それでも眠かったので、痛みに耐えながらまどろんでいたのだが、よくよく背中を見ると水ぶくれだらけで腫れあがっている。これは大変だ!と思ったら夢だった。痛みに我慢できず結局起きた。

その日は朝から治療行為に専念した。火傷はとにかく冷やすこと。そして初期治療の頑張りが大切。そう思って、氷水でバスタオルを冷やし何度も何度も背中にあてた。ひんやりがとっても気持ち良かった。

しかし、氷が無限にあるわけでもなく、我が家の氷はすぐになくなってしまった。その後は、風呂場で背中にずっと水をかけて過ごした。そしてまた火傷薬を塗りたくった。

次の日も同じように過ごした。

そして火傷から3日目の朝。背中の症状に転機がやってきた。もう随分と痛みが薄れたので、その日、薬を火傷用から日焼け用へと変えた。しかしここから更にひどい苦悩が始まったのだ。

痒い。かゆい。かゆいぃ!

背中がとーっても痒い。何が何だかよくわからないくらい、いてもたってもいられないくらい、とにかく背中が痒くて痒くてたまらない。しかし痒いというのは大変な困りものである。まだ痛い方が良かったと思える。背中がうずうずちくちくと痒くて眠ろうにも眠れない。結局、日焼け用の薬では役にたたず、皮膚関係全般(痒み)に効く火傷薬をまた塗ることになった。あの薬は本当によく効くのだ。ただ、石鹸で簡単に落とせないほど手がベタベタするから塗るのが嫌なのだが。しかし、そうも言っておられぬ。火傷薬を塗り、何とか眠りにつくことができた。

その次の日も、痒みは引き続き私の背中にやどっていた。そしてついに、皮が破れた。

最初は首に近い部分からだった。ポツポツと肌が破れはじめ、その下に新しい肌が現れはじめた。脱皮だ。皮は次第に破れる範囲を広げはじめた。時間の経過と共にどんどん新しい肌が露出していく。破れはじめた古い皮がマットな質感で光を反射しないのに対し、産まれたての新しい皮はテカテカと光っており瑞々しかった。時が翌日になるころには、皮はもう肩から背中の上部にかけてみごとにはがれていた。

さて、日焼けから数えて5日目。現在私の背中は、まだムケ残ってる皮と新しい皮が半々くらいで同居している状態にあった。その状態で私は久しぶりにスポーツをした。バスケットボールである。

この夏はそう不摂生でもなく、どちらかというと定期的に運動もこなしていたが、昨日のバスケでは「これほどまでか」というほど息が上がり、どうしようもなく動けなかった。だらだらと流れる汗。暑い。つらい。だるい。。。

ふと二の腕に目をやると、そこには私の動けない体以上に驚くべきことが起こっていた。

なんじゃこりゃ!

二の腕が水玉になってる。。。

見ると、二の腕だけじゃなかった。背中も水玉になっており、古い皮の残ってる所はほとんど水玉状態であった。見るからに気持ち悪い水玉=水ぶくれの嵐。どうやら、新しい皮から吹き出た汗が古い皮の外に出れず、古い皮と新しい皮の間にたまったために水ぶくれみたいになったようだ。

どうりで体が重かったわけだ。かいた汗を身に付けていたんだから。。と、昨日の不調は皮のせいにすることにした。

それにしても、もうムケゆくことを決めた皮は、こんなにも皮として機能しないものなのか。これはきっと「早くムケたいという」皮の意思表示と見なし、バスケの後、シャワーを浴びながら全ての皮を剥いた。

もう背中に古い皮はほとんど残っていない。新しい皮は産まれたてのせいかまだちょっと弱く、あかすりで擦るとヒリヒリしていた。


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