宴の後
[2002.7.24]
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しばらくWEBから離れ、世事にいそしんでいた。
普段は、まるでWEBが無ければ生きていけないかのように、必ずどこかへアクセスしていたものだが、離れてみれば離れてみたで生活に多大な影響があるわけでもなく、むしろシバリが無い分「開放された気分」を味わえたりもして、案外すごく楽だった。
脱WEBもなかなかいいものだ。
このところ毎年恒例となっていた宴も今年ではや4回目を迎えた。例年、「今の自分にはもっと他にやるべきことがあるのではないか?」という意識が頭を持ち上げ、ろくな準備もなく宴に臨んでいた私だが、高校時代の知識遺産・その後の雑学的教養・そして運だけではままならないことも多く、過去、宴をパスし二次会へと繰り出したのはたったの一度だけ。今年は考えを改めて臨んだ。
ちょっとした意識改革。
「人柄重視」「成績より人間性」そう謳う宴は世の中に多々ある。だが、果たしてそれは可能だろうか。
ひと月じっくり付き合ったなかで判断するならまだわかる。が、1度や2度の付き合いで「あなたの人柄判断します」なんてインチキ占い師じゃあるまいし、普通恥ずかしくて口にも出せない。じゃあ何をもって人を測るのか。それは結局「点」なのだ。
大多数の人間から効率良く人を選ぶには、点数による判断が最も適している。点には「宴への準備」をどれほどしてきたかが間接的にあらわれる。「人間性をとやかく言う前にまずは形で見せてみろ」ということなのだ。
これが今年の意識改革。
おかげでそれなりに集中して宴の準備ができた。もちろんその成果も宴の最中に感じることができた。宴後に問題集を見ながらさっそく確認したのだが(こんな行為も今年初)、もし準備をせずに臨んでいたのなら30問は違っていたことがわかった。まったく今までよくもこんな状態でやってたものだと思った。
さて、世の中には自分より上手がまだまだいるはずだし、「二次会へのお知らせ」が届くまでは正直まだ何とも言えない。だが、その1、ちんぷんかんぷんな問題がなくなったこと。その2、何が正解で何が不正解で何が曖昧なのかを理解できたこと。その3、宴後に正答の確認がしたくなったこと。その4、正誤の判定ができるほど落ちついて内容をよく憶えていたこと。その5、さらに何をやればいいのかの分析ができ、「次へのプラン」までも抱けたこと。これだけの点で今年はもう今までと違う。
宴の準備の大切さ。身にしみて理解いたしました。
兎にも角にも宴は終わった。
さ、夏だ。