異常事態
【9.27】
「チビが変なのよ」
朝4時に鳴り響いた電話の向こうで、母がチビの一大事を告げていた。それを聞いた父は予定を変更して急きょ朝の船で徳之島へと帰っていく。
「チビが病気みたいだから帰るね」という言葉を残して。
チビの異常事態は、昨夜から。だそうだ。普段なら一目散に駆けてきて「もういいだろ」と思うぐらい飛びついてくるチビが、その日は母の帰宅に何の反応も示さず。ジーッとテーブルの下にうずくまったまま微動だにしなかった。そしていよいよ就寝時間。これも普段なら体を擦り付けるように眠るチビが、布団の上にうずくまり目を開いたまま眠ろうともしない。確かに生きてるのだが、呼びかけても無反応。ピクッと動く耳も固まったまま。
「姿形は同じだが、他の犬じゃないか」と疑いさえした母は、耳にリボンの跡があるか調べまでしたそうだ。
そして午前4時。一睡もしないチビの姿に、いよいよ恐ろしくなった母は、非常事態を告げる電話のベルを鳴らしたというわけだ。
プルルルルルルルル・・プルルルルルルルル・・ 午前4時を騒がす呼び出し音は五回ほど共鳴を繰り返し、ひとしきり空気を震わすとまた暗闇によって静かな蓋をされた。その静寂をぬって今度は、階下からゴニョゴニョゴニョとトーンの低い振動が伝わってくる。トンットンットンットンッ。弾みをつけた音は二階へと近付いてき、気がつくと父の口からまた低いトーンの音が流れ始めていた。
その後は、僕もよく眠れなかった。父を港まで送り、いつの間にか朝が来ていた。
「チビ・・」
重い想いを抱えたまま新しい1日が始まった。
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気もうつろな1日だった。とにかく場の進展を待った。父からの連絡が全てだった。
徳之島に着いた父から連絡が入ったのは、もうすぐ昼になろうかとする頃。電話の向こうから聞こえる低いトーンが、僕の不安を煽った。
「チビ元気だったよ」
そう・・、なぬ?!
元気と聞いてホッとした。体の中がすがすがしく晴れわたっていくのがわかった。自然と顔に笑みがこぼれていた。ご機嫌な自分になっていた。
良かった。とにかく良かった。ホント良かった。
チビは病気ではなかった。家に帰ってきた父に、チビは飛びついてきたそうな。いつものように。もの凄い勢いで。そして今じゃ、いつも通りの振る舞いで我が家を飛び回ってるそうな。
唖然とする母を前に。
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チビが徳之島に帰った日。いつもなら両親二人で帰るはずが、その日は都合があって母とチビだけが先に帰った。今回は車を持ってきてたので車ごと船に乗り込んだ母は、チビを車から出さずに徳之島までそのまま向かった。そうして徳之島に着くと、家にチビを置いて仕事へと向かった。悪い事は重なるもので、その日の母は帰りが遅かった。
チビは思った。
前の日まで家族みんなで楽しくやっていた。それを車に閉じ込められて独りぼっちにされて、家に放っておかれて独りぼっちにされて、暗くなっても誰も帰ってきやしない。
チビは考えた。
誰が私をこんな目にあわせたのかしら。今日私と一緒にいたのは・・、そうだ!お母さんだ。
チビは怒った。
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これが今回の異常事態の全てである。
父が帰ってきた時、いつもと同じように飛びついてきたという話が、母にはどうしても信じられなかった。それはそうだろう。「もうチビは父の帰りすら待てないかもしれない」と思っていた母にとって、父の話は大きな驚きであり、そして大きな喜びでもあったはずだ。
チビのバカ。
あんまり心配させるなよ。