【アイルトン・セナ】
1994年5月1日。一人の偉大なF1ドライバーがレース中の事故で亡くなった。
僕がF1を見始めたのは4年前から。そこにはもうアイルトン・セナはいなかった。僕はセナのことを知ってはいた。でも僕はセナの走りを知らない。僕が知ってるのはアイルトン・セナという偉大なドライバーが居たという記録だけである。
変な話だが、セナがレースで亡くなった日のことはよく覚えている。まだF1というものに興味すら抱いておらず、放送を見たことだって一度もなかった僕なのに。TVから流れるニュースに“人類にとって大きな何かを失った”気がした。
その頃の僕は大学二年生で、実に変わった習慣があった。学校が終わりアパートに帰ると、一人暮らしのこじんまりとした部屋の床に寝転がり、想いを巡らせるのが好きだった。夕暮れの薄明かりの中、部屋の中央に大の字になり、ジっと天井を見つめ思考をくゆらせる。何ついてそんなに一生懸命考えていたのかは思い出せないが、気がつくと部屋の中はいつも真っ暗だった。あの頃の僕はそうだった。
そういう頃だったから、僕はきっと「生きる」という命題についても色々と考えていたに違いない。だからニュースでセナの死を知った時にああいう風に思ったのだ。「どうして僕は生きているのにセナが死ぬのだろう」と。自分の生きる価値を模索してた頃だったのだろう。
それが僕がセナについて(逸話以外で)知ってることの全てだ。
2000年9月10日。一人の偉大なF1ドライバーがセナの優勝記録に並んだ。
ミハエル・シューマッハ。僕がF1を見始めた頃には、F1はもう彼の時代であった。ミハエルは、セナ亡き後のF1界において圧倒的な強さを示し、時代に君臨した。彼は速い。彼は強い。「セナがもし生きていたら‥」人はよく比べようとしてしまう。でも比べることは出来ない。例え戦いたくても記憶の中の人物と戦うことはできないのだ。
イタリアGP記者会見の席。優勝回数がセナと並んだことに意味が有るのか?と質問されたミハエルは「僕にとっては大きいよ‥」と語り、後は嗚咽にむせって話すこともできなかった。仕方なく質問は2位のミカに移ったが、彼も「少し休ませてくれよ。先にラルフに質問してくれ。彼なら答えられるから」と。
ミカとミハエルには有り、ラルフには無いもの。それはセナと同じ時間を共有したという記憶である。それは同時に、自分達も死と隣り合わせであることを痛感した記憶であり、実際に偉大な仲間を失った記憶でもあった。
ミハエルがどんな気持ちで涙にむせったのか。真意は本人にしかわからない。ただ、その記憶の領分に立ち入ることは許されないのだろう。誰しも他人に触れられたく無い想いがあるように、ミハエルにとってのセナへの想いは、きっと他人が簡単に立ち入って汚してはいけないものなのだ。
記者会見も最後となり、落ち着いたミハエルにもう一度質問が投げかけられた。どうして41回目の優勝にそれほどの大きな意味が有るのですか?と。
Ask me another question, please.:別の質問にしてくれないか。
顔を上げたミハエルの厳しい眼差しが、彼の想いを代弁しているようでもあった。