3/13「春の匂い」

 緋寒桜の花が終わりを迎える2月の後半、今年は例年になく暖かい日が続いた。ひと足早く春がやってきたような陽気。冬はもう過ぎ去ったかのように思えた。ちょうどその頃、私は東京を訪れていた。寒さに怯えたのも行く前まで、滞在中は「島よりも暖かい」と感じたほどだった。

 遠く離れていると言っても同じ日本。地球という単位の中ではほんの小さな地域だ。東京が暖かければ比例して島も暖かいもの。東京から島に帰ってくると「あ、ここはもう春だ」と思った。気温20℃にシャツも自然と軽くなる。スモモ畑にも花が咲き、真っ白い花びらが風に舞っていた。のどかな春の風景だった。

 そして3月。寒気は急にかえってきた。暗雲たれこめるように空が灰色に染まり、春の雰囲気は一気に塗り替えられた。方角を変え、北から吹いてくる風に島全体が冷やされていく。仕舞おうと思ってたストーブに手を伸ばすと灯油が切れてることに気付いた。慌てて近所のガソリンスタンドへ車を走らせる。スタンドには先客がいた。きっと同じ思いでやってきたのだろう。給油の順番を待っている。私はポリタンクを給油所に置き、車の中に入っていた。しばらくすると店員がやってきて言った。「満タンにしますか?」。普段はそんなこと聞きもしないのに・・、今日はきっとそういうお客さんが多かったんだな。その考えに賛成した。ポリタンクには半分だけ灯油を入れてもらい、私は家へ帰った。またすぐ春が戻ってくるだろう。そう願いながら。

 3月の前半に訪れた寒気は、高校入試の頃まで島を冷やし続けた。が、太陽が顔を出すと寒さは次第に和らぎ、春のような陽気を感じる日がまた戻ってきている。雨が降るとまだ肌寒いが、少しずつ着実に春は近付いている。ふと山肌を見上げれば、春の足跡だって見つけられる。ポツリポツリと山肌に点在する淡い緑。それは、春が山を踏みしめた跡だ。島の上空を訪れる度に、春は足跡を残していくのだろう。少しずつ少しずつ島を春で包んでいくために。

 山の芽吹きだけじゃない、ふとした足下の大地にも春の匂いを感じる今。ピーヒヨヒヨヒヨヒヨ。どこからかアカヒゲのさえずりが聞こえてきた。


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