9/20「浦島太郎」

 台風14が奄美に近付きつつある時、僕は龍郷町の手広海岸を訪れた。サーフスポットで有名なこの海岸は、台風が発生すると大きな波が立つ。その姿を見にやってきた。今回の台風はとても強いものだったが、幸いにも奄美をそれて東シナ海を北上していった。奄美にはちょうど台風の端の方が引っかかる程度だったので、そう強い風も吹かなかった。が、海はやはり荒れていた。手広の海は猛り狂っていた。

 海岸に着いてすぐ海を見渡したが、サーフィンをしている人はいなかった。波は大きいがゴチャゴチャしている。風も吹いてて形もキレイじゃない。波頭がむりやり崩されている感じだ。騒々しく打ち寄せる波は、たくさんの漂流物を海岸へ運んできていた。荒れ狂う海をファインダーごしに見つめていると、波間に揺れる漂流物が見えた。「あれは網かな?。大きいかたまりだなぁ」。そう思いながら、その日は手広を後にした。

 翌日。台風の過ぎた日。少しは波もおさまったかなと思いながら、夕方、また手広を訪れた。集落に着くと防波堤に座って海を見つめるお爺さんに出会った。お爺さんの話では「昨日は台風の中で二人泳いでる若者がいて、集落の人みんなが気になって眺めてた」ということだった。以前そうやって亡くなった人がいて、その時は捜索に赤尾木・手広・用安の人が駆り出されて大変だったそうだ。海は誰のものでもないが、隣接する集落と密接に関係しているもの。誰かに迷惑がかかる無茶は控えたい。普段、写真を撮る自分への自戒としても心にとめた。

 海の事について色々と話した後、僕らは海岸におりていった。僕ら。そう、その日は二つ下の弟も連れてきていた。ついでにチビも一緒だ。浜に出ると、チビはそこら中を駆け回った。砂浜では何故か激しく走りまわる習性がチビにはある。そんなチビと戯れながら僕らは波うちぎわまで歩いた。海はまだ荒れ狂っており、そこらには漂着物がたくさんだ。昨日、波間を漂っていた網のカタマリも海岸に落ちていた。結構大きい。波の強さを想像させる。

 海を見ていると後ろから弟の声が聞こえた。「カメが死んでる」。近くに行くと、さっきの網の中にカメがひっかかっていた。海の中で網にからまって一緒に打ち上げられたのだろう。可哀想に。どうあがいても逃れようがないほど体中に網が巻き付いている。僕は「もうダメかもな」と思いながらカメを持ち上げてみた。すると、カメが動くではないか。何と、このカメまだまだ生きてるぞ。しかも足をバタバタさせる勢いも強い。生命力いっぱいだ。さっそくカメの救出作業が始まった。

 あいにく刃物を持ち合わせてなかったので、僕らは漂着物をあさって切れそうな物を探しまわった。網はかなり頑丈で、引っぱったぐらいじゃ破れない。「カミソリでも何でもいい」と思いながら海岸を歩いたが、残念ながら鋭利な物は何も落ちてなかった。「ビンを割るしかないかな」。そう思っていると後ろで「カメつかんどって」と声がする。見ると、弟がすでにビンを割っていた。さすが行動力のある弟だ。僕はカメを持ち上げ、弟が網を1本1本切っていった。網はカメの身体に二重にからみつき、首も足もすっぽりとはまっている。これでは自力での脱出は不可能だ。バタバタするカメの身体を傷付けないように、網は慎重に剥がされていった。

 網から抜け出したカメは、砂の上を元気よく動いていた。幸いにも外傷は見当たらない。海に向かって歩き出したので、勢いの弱い波うちぎわを選んで近くまで運んでいった。後は自分のペースで帰っていくだろう。海に向かって少しずつ進んでいくカメに、時々チビが近付いていった。においを嗅いだりして興味津々だ。動いたと思ったら止まり、止まったと思ったら急に動き出すカメ。その度にチビはビクッと驚き、後ずさりして少し吠えた。海水に触れる所までたどり着くと、カメは動きを止め波を待つようになった。見ていると、寄せてきた波に乗って海へ入ろうとしている。うまくいく時もあれば逆に押し戻されたりもしながら、そうやって何度目かの波がやってきた時、カメは海へ帰っていった。

 しばらく波間に見えたカメの甲羅も、海に潜ったのか、すぐに見えなくなった。ひと通り見送りを済ませた僕らも帰路につくことにした。もしこの話に続きがあるとしたら、今度は竜宮城と玉手箱の話だろう。でもあのカメはタイマイという種類だから僕らを乗せるほど大きくはならないだろうな。そんなことを考えながら二人と1匹の浦島太郎は浜辺を後にした。


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