4/2「山迫る春」

 今、奄美大島には春が訪れている。路傍にはスミレやカタバミなどの可愛らしい草花が咲き、ともすると蝶が目の前をひらひらと横切る。冬の間よく庭を訪れたシロハラやヒヨドリが姿を現さなくなったかわりに、隣の山からアカヒゲのさえずりが聞こえるようになった。毎朝甲高い音で響き渡るアカヒゲの声は、耳にとても心地いい。また夕方になるとカエルがいっせいに合唱をはじめ、夜も深まってくると今度はコホッ・・コホッ・・とリュウキュウコノハズクの声が山から届けられる。日中の気温は20℃を超え、気が付くと半袖に短パン姿。ちょっと前まで寒と暖のくり返しで、寒い時にはフリースまで羽織ったものだが、気候の変化とはおそろしいものだ。あんなに愛着し「君がいなければ生きていけない」とさえ思っていた冬服も、見るだけで暑苦しく感じられるようになり、衣替えで目の届かない場所へ仕舞いこまれることとなった。冬のたれこめた雲のもとでは「本当に夏が戻ってくるのか?」と疑うほど陰鬱な気分になっていたが、どうやら着実に夏は近づいてきているようだ。昨夜はとうとうセミの声まで聞こえはじめた。

 唐突に行われた我が家の衣替えとは対照的に、1月の終わりから少しずつ始まった奄美の山々の衣替えは4月を迎える前にほぼ全てが出そろった。山々はもうすっかり春の装いである。常緑の照葉樹が多いこの島では新緑は古い葉の上に重なるように芽を出す。深い緑の葉の上に淡い緑の葉が重なり、若葉の分だけ山のかさが増える。だからこの時期、山はいつもより大きく盛り上がって見える。朝戸集落から和瀬トンネルへ向かって車を走らせると、沿線の山が目の前に迫ってくるような錯覚をおぼえる。思わずアクセルを緩め、山の勢いに感嘆の息をもらす。

 冬の間、時間を見つけては山の奥へ奥へと入ってみた。普段目に見える奄美の森はリュウキュウマツが多く、特にこの時期は新緑との対比で遠目にもマツの多さがよくわかるのだが、深い森に入ると実はマツはほとんど見られない。マツのような陽樹と呼ばれる木々は十分な光が無いと成長できないため、光が降りてこない深い森では生きてゆくことができないのだ。たとえ成長速度の速いマツが裸の土地を最初に征服したとしても、そこに陰樹と呼ばれるシイやカシなどの照葉樹が芽生えれば、何十年から何百年という時をかけて森はまた照葉樹に征服されてゆく。変化が少ないように見えて、森ではたえず光を求めたせめぎ合いが起きているのだ。

 常緑の奄美の山もしかり。どれも同じような緑に見えるが、よくよく見れば結構違うことに気付く。ポツンと残った木を見れば「まわりが伐採されたんだな」と推測できるし、低木ばかりなら「ちょっと前はハゲ山だった」ことがうかがえる。リュウキュウマツを取り囲む照葉樹の姿を見れば「森の変遷」を感じ、綺麗に重なりあったシイの枝を見れば「この森は凄いな」と心も踊る。木を見れば、その山が近年どんな歴史をたどってきたのか少なからず推測することができる。

 そうやって眺めた奄美の山々は、緑いっぱいのようで案外低木が多いことに気付く。昭和30年から40年にかけて日本全土で大規模な伐採が行われていた時期があるが、奄美も例にもれず多くの山が伐られたようだ。まくら木やチップとして材木を売ったり山を売ったり、そういう時期があった。風呂や炊事がマキからガスになり、木材供給も国内から輸入に頼るようなり最近では「ハゲ山」も少なくなったが、私が小さい頃(50年代)はまだあちこちでよく見られたものだ。そういえば瀬戸内から名瀬へ向かう車の中でハゲ山探しをしたことを憶えている。

 そんなハゲ山の脅威からうまく逃れたのだろう。山の奥に入ってみるとイタジイ(スダジイ)の大木が立ち並ぶ森が残っていて驚く。幼い頃から親しんできた奄美の山は細い木が多く、私はずっと「奄美に巨木は無い」という固定観念を抱いていた。そして大きな木が無いのは気候や土壌のせいかもしれないという勘違いまでおこしていた。それだけ私の想像をはるかに超えた場所にまで人の手が入っていた。「こんなところまで?」と思うような場所まで木を伐っていた時代があった。戦後復興の高度成長期。自然を糧に我々は経済成長を果たした。がしかし、公害や環境破壊を受けて自然を見つめなおし、今の時代に到っている。だからなおさら大きな木と出会うことは驚きでもあり嬉しくもあった。そして、この貴重な照葉樹の森がこれからも生き続けることを願ってやまなかった。

 さて、しばらく前に大雨が降り今年はじめてのカミナリが鳴った。「カミナリがなったらハブが目を覚ます」という。ハブは冬眠しないらしいが、春雷は春の到来を知らせ、ハブの活動期が始まることを告げるものだ。暖かくなればハブが動きだす。山に入りづらい時期がきた。しばらくは金作原で我慢するか。皆様もハブにはお気をつけを。


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