2/15「激走170km。原付きの旅。〜1〜」

 先日、「曽津高崎」にたどり着きたくて原付き旅を思い立った。曽津高崎は奄美大島の西端。宇検村と瀬戸内町の境が走る岬の端の端である。計画は、名瀬から東シナ海沿いに走り、大和村から宇検村へ。焼内湾をぐるーっと回って「屋鈍」集落から林道に入り、荒れ地を登って「曽津高崎」へ。そして帰ってくるというものだった。

 当日。天候はくもり。でも雨は降りそうになかったので出発を決意した。今回は原付き旅。雨になると大変辛い。だから天気は重要。一応、雨に強い服を着てシートにまたがる。ヘルメットをかぶりいざ出発。時刻は10時だった。

 途中、パン屋でサンドイッチを、スーパーでお茶を買ってバックにつめた。これでどこの浜辺ででも昼食にありつける。ポケットにはチョコも入ってるし、予定外に時間がかかっても何とかなるだろう。そんな算段をたてながら戦闘体勢を整えた。

 名瀬市街地を抜けるのに10分。信号待ちの車の横をすり抜けながら、「日中の市内なら原付きの方が早いかもな」と思う。小宿(こしゅく)を過ぎると峠道に入るが快調に走る原付き。この程度の坂は問題ないようだ。途中、大浜にも気持ちを惹かれたが今回はパス。大浜入口を横目に先へ進む。

 大浜から峠を下ると、知名瀬(ちなせ)・根瀬部(ねせぶ)と集落が続く。そして、また峠道となる。ここからは集落-->峠-->集落-->峠のくり返しだ。根瀬部から峠を少し登るとタイワンヤマツツジの自生地があるので、とりあえずそこで一息入れることにした。

 原付きを止め、山の中へ続く小道を入っていく。しばらく歩くと森が開け視界に海が飛び込んできた。「うーん、ここはいつ来ても気持ちいいなぁ」と背伸びをする。まだツツジは咲いてなかったが、開けた視界が気持ちいい。しばらくのんびりしたい気持ちになったが、先は長い。少し風にあたると、私はまた原付きへと戻り、再び走り出した。

 ツツジの自生地からしばらく走り、峠を越えると大和村に入る。眼下に海が見えてきた。思勝(おんがち)湾だ。深い入江の思勝湾は、周囲を青々とした山にかこまれている。淡いエメラルドの海が山の緑と対比して美しい。その海に向かって道はどんどん下っていく。ふと大きな左曲がりのカーブにさしかかった時、外側の茂みにセメントの小道が見えた。はは〜ん、そこが宮古崎(みやこざき)への入口か。

 笹の自生地として噂には聞いていたが、宮古崎へ向かうのは今回が初めて。セメント道は思った以上に細く路面も荒れていたが、原付きならなんてことない。人が歩ける幅があれば原付きは走れるのだ。宮古崎への荒れ道も困難というよりむしろ野趣あふれて楽しかった。岬へ向かってぐんぐん進むと公園のようなエリアが現れた。もう向こうには海の匂いがプンプンする。私は、はやる気持ちをおさえながら原付きを止め、茂みを駆けぬけて一目散に岬へ飛び出した。

 「うっわー!」。目の前に広がった光景に、思わず感嘆の声がもれた。なんともまぁ素晴らしい眺めじゃないか。足下にはびっしりと笹が生え、岬一帯をおおいつくしている。笹原には踏み固められた小道がいたるところへと走っており、歩いていくと足に笹があたってこそばゆい。背丈が高いものでも腰下にしかならないこの笹は、リュウキュウチクといって通常は川岸などで高々とした姿を見せる。が、この岬一帯に生えるリュウキュウチクは、海から吹く強い潮風と酸性の強い赤土の影響を受けて著しくわい生化し、大きく育たないようだ(参考文献『奄美の四季と植物考』大野隼夫)。

 岬に広がった小道をあちこち探索してみると、海岸につながる道もあった。海岸周辺には漂着物が転がっており、白波たつ岩場には釣人の姿も見られる。「この崖を下りていったのか」と思うにとどめ、私は岬の高台へと引き返した。ところが、道無き笹の丘はとても滑りやすく、途中何度も笹に足をとられスッテンコロリと滑り転げる始末。「ダンボール箱があればソリにして・・」などと国定公園でいけない想像を浮かべつつ何とか高台にたどりつく。とにもかくにも見晴しのいい所だなと改めて感激。そして私は、再び小道を歩いて原付きの所へと戻った。

 そうそう、先はまだまだ長いのだった。こんな所でゆっくりしてられない。つづく・・


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