4/24 「30年の歳月と木いちご」

 木いちごを見つけた。

 もう先々週の事である。大阪からとある一行がやってきた。その方達は、昔住んでいた郷里を訪ねての30年ぶりの渡島であった。大阪から飛行機で奄美大島へ。今や二時間もかからない大阪と奄美。だが、その二時間がなかなか越えられない。長い月日を経てようやく実った里帰りだった。

 30年前。僕はまだ生まれてもいない。僕の記憶にある限りでも、奄美の交通事情は随分と変わった。その記憶の範囲を越えて更にさかのぼって30年前。話に寄ると、あの頃は高校の修学旅行で名瀬に行ったそうな。古仁屋からバスで3〜4時間かけて名瀬に行き、帰りは船だったとのこと。「修学旅行で名瀬に?!」と、話を聞いて僕はとても驚いた。でも実際、30年ぶりの里帰りとなった一行の方が、経験として昔を憶えてるだけに、島の変化に対する驚きも大きかったことだろう。

 さて、その方々と一緒に瀬戸内まで向かう途中、「網の子峠」で車をとめ、伊須湾とその向こうに見える加計呂麻島を眺めた。記憶と地理を確認しながら一息ついてると、一行の一人がやぶの中から何かを見つけてきた。差し出した手の平にコロコロと赤いものがのっている。木いちごだった。

 まだ30年も生きてない身で、「昔は」なんて言うと怒られるかもしれないが、昔は遠足やハイキング?で山を歩きながら、よく道ばたの木いちごをつまんだものだ。でも最近は、こうして木いちごをつまむことも忘れていた。辺りのやぶをよく見ると、真っ赤な粒があちこちに実っている。木いちごは昔と変わらず、ずっと道ばたにあったようだ。ただ、通り過ぎる自分がそれに気付かなくなっていた。ということか。

 昔に比べ随分と短くなった奄美道。実際の距離はほとんど変わらないが、時間は半分以下になった。そして、生活もとても便利になった。しかし、移動時間が短縮されるのにしたがって僕らが動くスピードは逆に増していき、ゆっくりとした時間の流れの中でしか見つからないものは自ずと見つかりにくくなっていたようだ。移動する時間の中にも楽しみが潜んでいることを、木いちごは僕に思い出させてくれた。

 久しぶりに口にした木いちごは、昔、山で歩きながら食べたものと同じ味がした。


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