12/25 「奄美復帰の想い」
「断食悲願」泉芳朗
ここは北緯二十九度直下 奇妙不可解な人為の緯線が のろわれた民族の死線に変わろうとしている 目に見えない首枷をつくろうとしている たえがたい責苦の檻になろうとしている
されどこの土 歴々やまとあまみこの国 町の奥がに 厳々 高千穂の杜はそびえ 大祖伝承の神域に今わたしは頓挫している 仰げば脈々たる樹枝 天冲に合掌して 二十余万の民の大悲を訴えるに似ている
わたしはただ一介痩身の無名詩人 樹間に湧く無量の感に涙しぼり 地に満つる落葉や雑草にも 無情の声を呑み 天かける白雲に うたた民族流離の歌をきく
よしや骨肉ここに枯れ果つるとも 八月の太陽は 燦として今 天上にある されば 膝を曲げ 頭を垂れて 奮然 五体の祈りをこめよう 祖国帰心 五臓六腑の矢を放とう
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奄美復帰記念式典に参加した。おがみ山の復帰記念碑の前で式は行われた。こういう式の存在を知ったのも初めてだし、もちろん参加したのも初めて。奄美の復帰について深く考えたのも実は今年初めてのことだった。
大平洋戦争後、二・二宣言によってアメリカの統治下におかれた奄美大島が、日本に復帰したのは今から48年前。昭和28年、西暦1953年の12月25日、クリスマスのことだった。アメリカからのクリスマスプレゼントとして日本に復帰した奄美大島。最初その話を聞いた時には「なんて粋な話なんだ」と思った。でもそれは、復帰した期日と復帰後の喜びにしか目を向けてなかったことを今回改めて知った。
日本復帰前。島の人々はどんな想いでいたのか。どれほどの気持ちで日本復帰を願っていたのか。泉芳朗さんの詩を読み、今年初めて、その頃の想いにたどりつけた。そんな気がした。